地元高校生との座談会にて
これからの30年いや20年かもしれないが間違いなく時代は変わる。
地元の高校生たちと話をする機会を得た。
私はどのような話をしようかと考えた末にこんな話をした。
日本の30年後は「変化が常態」の時代になる。
未来は何が起こるか分からない、そんな時代を生きる上で一番大切なことは未知なる未来を楽しめる心、」未来を探求できる強さをもとことだ。
未来とは不確実で予測不能なものだからこそ人生は面白い、そう思って日々を生き、わからないことの面白さや混沌を楽しめるだけの自信をつけよう。
それが現在において何かを学ぶことの一番大きな意味だ、そして何より大事なのは「生活」を人生の、将来の目標にしないこと。フロンティアへの挑戦や冒険、研究や創造、知的興奮の追及、パブリックな精神に基ずいた活動、グローバルな難題の解決・・・・没頭する問題は何でも良い。でも良い暮らしをするためとか、美味しいものを食べるためとか、便利で快適な生活な暮らしとか、そういった「生活」レベルのことではなく、それよりも高い次元の価値観を追い求めること、それが、先進国に生まれ良い教育を受けている、君たちの責任だ。
次の30年は人類の前に本当に解けるかどうかわからない難題がたくさんある時代だから、私は相手が若ければ若いほど本気で話をしている。
あえて「生活」という言葉に言及したのは、彼らの親の時代(私より10歳くらい若い)の日本人が「安定された生活が担保される未来」のことばかり言い、そのために「勉強しろ」、いい大学を出て大きな会社に入れ、公務員試験1種を取れ、と子供を育てるケースが多く、私はそういう姿勢に全く賛同出来ないからである。
戦後生まれの多くは「予測可能な未来」を前提に生きることのできた最後の幸福な日本人であった。
しかしこれからは違う、例えば終身雇用、であるがまさしく「予測可能な未来」を象徴する言葉であって、世の中が変わり会社が役所が勤め先が何時無くなってしまうか分からない時代には、なにも意味をなさない。
若い時から、「生活」の質の向上や安定ばかりを求めれば、変化に弱くなってしまう。次世代の日本人に必要なものは「変化が常態」となった予測不可能な未来」を楽しめる姿である。
山梨県議会議員 白壁賢一









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