熊本体罰訴訟結審について
生徒に足蹴りをされた教師が生徒の胸ぐらをつかんで壁に押し当てて激しく叱った。
これが「体罰」に当たるか否かの最高裁判決が下った、その判決は「体罰には当たらない」である。
妥当な判決と私は考える、教師をけるなどということは、とんでもないことであり子供や父母は教える側と教えを請う側との立場をはき違えている、と私なら言いたい、教師は児童生徒に愛情を持ち見守りつつやってはならない行為には厳しく指導する、これが教師であり恩師であると思う。
恩師という言葉に「蛍の光」の唱歌を連想する。
蛍の光 窓の雪 書読む月日 重ねつつ 何時しか年も すぎの戸を 開けてぞ今朝は 別れ行く。
この歌が卒業式から消えた、なぜ消したのか、この辺にも年間300人を超える体罰による教師の懲戒処分の原因を見る。
孟子は「人の愚は好んで人の師と為るにあり」という。人の師たる者は何よりも先ず真剣に自ら学ぶ人でなくてはならない。







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