道徳教育の重要性について不登校ワーストワン山梨県
道徳教育の重要性とスクールカウンセラーの不必要性について
戦後、占領軍の指示により教育解体を進める中で、軍国主義や全体主義を否定するあまり、戦前からの教育をすべて否定した、たとえば子育てにおいては、子どもたちの人格を尊重するため愛で持ってすべてを受容し自主性を認め、個性が伸びるように我慢ずよく見守らなければならないと言われた。
その結果、教師を殴る(殴られて黙っている教師も悪いが)親兄弟を殺す、弱い者いじめをする子供が続出した、またいじめや勉学についていけない子供、親が子供に関心を持たない家庭が増え、結果「不登校が増える」
★山梨県は全国でワーストワンである!
あまりに愛を強調して甘やかせたので子供は自制心をなくし、子どもは図に乗るようになってしまった。
古典では、子どもの教育には愛に加えて「敬が必要」と説いている、陰陽の相対的理法から言うと、「仰ぐ」という心の動きは、同時に自分を顧みるという心の動きを喚起させる、「立派な人はそんなことはしませんよ」と注意すれば、子どもの「敬の心」に訴えて顔を赤くする、自分は恥ずかしいという気持ちが動き出す、そして少しでもそれに近づこうとする、「敬の心」と「顧みる心」は連動しているのである。
注意しなければならないのは、恥ずかしいと思う気持ちは尊敬するような人格に触れたときにおこるということだ。ここに秀でた人物たちの足跡を学ぶ道徳教育が生まれてくる。
古典では、聖賢の透徹した言葉を網羅したものを「経」と言い、優れた業績を書き記したものを「史」と言う、歴史を教えることは、歴史年表えお教えることではない、それどれの局面で獅子奮迅した先人の姿を語ることだ、そして我々の情操を高めてくれる詩文集を「集」という、人間の資質を高めるためには、この三つが必要である、「仰ぎみる」ことを知らない人間と「恥じること」をわきまえない人間は、一番非人間的になる。
このまま道徳教育に重きをおかず、山梨県のように家庭が悪い・カウンセラーを増やす程度のことでは、来年度もし不登校調査があれば(隠さずアンケートに記入したら)また全国ワーストワンとなること間違いなしだと私は思う。
★不登校マニュアルを19年度決算特別委員会での委員の資料請求によって入手した、私はこれを見たとき「極めて幼稚な発想で愚の骨頂、無駄遣いであるある」と率直に感じた。このようなマニュアルがなんの役に立つのか、子どもたちは生き物であり、その原因も千差万別である、そして何よりも問題は親にも相談しない子どもが「スクールカウンセラー」に胸の内をすべからく打ち明けるだろうか・・・答えはNOである。
心がかよう担任なら胸の内も打ちあけるだろう、しかし、カウンセラーにたまに呼びつけられて「どうしたの・いじめがあるの・お父さんとお母さんは仲がいいの」そんなこと、担任ならまだしも、急に見ず知らずの他人から尋ねられても、ますます反発し不登校に拍車がかかる、決算特別委員会の教育委員会の質問の答弁でカウンセラーの人員を増やせば不登校は減る、と言う答弁があった、これらの答弁は現場を知らない机上の考え方を中心としたもので本末転倒の答弁である。
山梨県は条例で小学校2年生まで少人数学級を実施ている、また中学では中一ギャップと言う中学1年生を35人学級(少人数学級と呼びたくない)にしている、しかし市町村の中には「独自に6年生まで少人数学級を取り入れているところも少なくない、これは職員定数を定める規則からすると違法である、しかし行っているのが現状である。
民主党(社会党に同じ)は、単純に年間数億から数十億の予算を増額し教職員定数を増やし小学校6年生まで、中学3年まで義務教育の責任として少人数学級を要求している、今の、国における民主党と同じで財源のことも言わずにただ一般質問や代表質問で要求する、財政逼迫の中、中二階の県に何ができるのか?
★予算が無いのなら知恵を絞る。
規則を弾力的運営できるように変更し、やる気のある市長村には認めてやれば良いのではないか、確かに地域・学校間に格差は出る、しかし県からの特別交付税ではないが、何らかの方法で補てんしてやることも一つであろう、また、期間採用や市町村単教員の身分の問題もあるが、そこはそことして数年計画で検討し完全を図ればよいのではないか。
★いずれにしても不登校の原因は家庭だけではない、もちろん教職員の資質もある、しかし大きな原因は「道徳教育を軽んじたこと」「時代が移りゆく中で昔ながらの多人数教育をしてきた」ことである。
★カウンセラーを増やすことだけでは「不登校問題も」「学力問題」も解決は決してしない。







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