スペシャル対談
第2回「地域医療を考える」
山梨県の医療はどうなっているのか。
誰もが安心して暮らせる道をどう探っていくか。
富士北麓・道志の明日を担う白壁賢一が、
山梨県の厚生行政トップと実状や課題などを
縦横に語り合った。
ゲスト山梨県福祉保健部長小沼 省二氏
01 医師過疎の県「崖っぷちでしのいでいる状況」
白壁 「医療崩壊」とか「地域医療の危機」という言葉が日常的になっています。山梨県内でも、地域医療の拠点となる病院では産科や小児科などの診療科目が閉鎖あるいは休診に追い込まれました。今、地域医療は非常に厳しい、深刻な事態にあるという認識を持っています。
小沼 確かに危機的な状況ではありますが、山梨県はまだ「崩壊」とか「お手上げ」というまでには至っていません。崖っぷちでしのいでいる状況です。しかし、このまま手をこまねいていれば、もっと厳しい状況になるのは避けられません。ですから、さまざまな施策を総合的に展開し、出来るだけ現在の水準を維持しながら、充実の方向に持っていこうとしているのが現状認識です。
白壁 今日の深刻な状況を招いた大きな要因として医師不足があるわけですが、山梨県は「医師過疎の県」とも言われています。
小沼 平成十八年末時点の人口十万人当たりの医師数をみると、全国平均の二百十七・五人に対して、山梨県は百九十九・一人です。山梨県は「医師不足八県」に入っています。
白壁 十六年度から実施された新臨床研修制度が医師不足の大きな要因として挙げられていますが、それだけでなく、もっといろいろな要因が複雑に絡み合って生み出された事態だとも聞いています。
小沼 医師不足と一口に言いますが、要因として五つあると思います。第一には絶対数の不足です。昨年以前、国は「不足」とは言わず、「偏在」という言葉を使っていました。医師数は足りているが「偏在」しているのだと。しかし今は「不足」という認識に立っています。医学部の定員増に踏み切ったことは、その表れです。
第二は地域間の問題です。大都市と地方、さらには地方の中での偏在による不足ということです。第三には、開業医は足りているものの、病院に勤務する医師が足りなくなっているということです。第四には診療科目間の偏在による不足です。産科や小児科、外科の医師は著しく足りていません。そして第五は男女間の比率の問題です。出産した女性医師が現場に復帰する機会が失われてしまっていることが挙げられます。不足の要因を考える中から処方箋のようなものが出てくるのではないかと思います。この五つの要因のうち、山梨県では勤務医の不足、地域間の偏在、そして特定診療科目間での不足が顕著です。
白壁 産科医、小児科医の不足は社会問題化しました。山梨県はどのような事態になっていますか。
小沼 診療科目の中でも、特に産科が著しく減少しました。平成十六年時、山梨県内で分娩を取り扱っていたのは二十四医療機関(十四病院、十診療所)でしたが、現在は十六医療機関(七病院、九診療所)になってしまいました。産科・産婦人科医は現在、八十人弱いるのですが、平成十二年時と比べると十人ほど減っています。
02 富士北麓・東部の現状住民ニーズに合った医療を提供
白壁 私の地元である富士北麓の医療提供体制について伺います。富士河口湖の山梨赤十字病院、そして富士吉田市立病院ともに地域に密着し、設立の経過などから地元の人たちが愛着を持っています。人的にも経営的にも厳しい環境にあるのですが、大変頑張っているという印象を持っています。
小沼 富士北麓には二つの総合病院があり、開業医も多い地域です。医療資源には比較的恵まれていると思います。二つの病院に対する「愛着」と言われましたが、富士北麓の七三%の人は地域内で医療を済ませています。ということは、それだけ病院の機能が期待されているということであり、厳しい経営環境にあってもきちんとやっていけるということです。地域のニーズに合った、身の丈に合った医療を提供していることの表れだと思います。
白壁 課題の一つに「里帰り出産」の難しさがあります。県外に嫁いでいる娘さんが実家に帰って産もうとしても、どこも一杯で諦めざるを得ない。今度、山梨赤十字病院の産科病床が増えることになり、ひと安心しているところです。
小沼 山梨県全体の年間出産数は約七千件あります。このうち富士・東部地域は年間約千三百件で、このうち三百件ほどを都留市立病院が担っていたのですが、昨年四月から取り止めになってしまいました。三百人というのはベッド数にして十床に相当します。この事態を放っておくわけにはいきませんので、国に事情を話して、特例として山梨赤十字病院に十床の増加を認めてもらったわけです。とりあえず病院増築までの措置として既存建物の改修で七床稼動していますが、二十二年度には十床になります。県外に嫁いだ娘さんも地元で出産できる体制が徐々に整いつつあります。
白壁 昨年十月に富士吉田市に小児初期救急医療センターが設置されました。地元の長年の要望が実現したわけで感謝しております。しかし二十四時間体制ではありません。何かあった時には御坂峠を越えなければなりません。
小沼 現在、平日・休日とも夜十二時までになっています。富士東部地域には小児科医が十六人しかおらず、国中の医師の応援が必要不可欠であり、昼間の勤務、翌日の勤務を考慮すると、どうしても午後八時から十二時ということになってしまいます。当初、センターの利用者は月五百人程度を予測していたのですが、現在九百人程度あります。今後も富士・東部地域における小児救急医療を安定的、継続的に提供できるように努めていきたいと考えています。
白壁 先日、富士吉田市立病院にがん治療機器「リニアック」を整備するのに県費を補助していただけるよう知事に要望書を提出してきました。国中では三病院に配備されているわけで、未整備ということになると「地域がん診療連携拠点病院」の指定を外されることにもなってしまいます。市の負担は大き過ぎるので喫緊に取り組まねばならない問題です。
小沼 がん治療機器「リニアック」が整備されないと、国の「地域がん診療連携拠点病院」指定を外される可能性があるわけで、そうなると郡内には指定病院がなくなってしまいます。地元の皆さんの願いは十分に理解しています。県としても何とかしなければと考えているところです。
03 救急医療の行方 消防一元化が病院の負担を軽減
白壁 県議会の中でドクターヘリの研究会を立ち上げることになりました。地元の会合などで「山梨にはなぜドクターヘリがないんだ」というような話を聞くことがありますが、富士北麓・東部に神奈川県からドクターヘリが飛んで来ていることが案外知られていません。一刻を争う時、医師が現場に急行するドクターヘリの必要性を痛感します。
小沼 現在、富士北麓・東部と甲府市の古関・梯を含むエリアにおいて神奈川県と共同でドクターヘリを運航しており、万一の時には伊勢原市の東海大学医学部付属病院から現場に急行して患者を搬送しています。年間の運航は約三百件、このうち約一割が山梨県の患者です。
白壁 山梨県のような山岳の多い特有の地形を持つ地域では、ドクターヘリの拡充が必要ではないかと感じています。県独自で導入することは難しいのですか。
小沼 山梨県としては、今のところ隣接県との共同運航というのが基本的な考えです。神奈川県とは共同運航していますが、静岡県と長野県に打診はしたものの、例えば静岡県の場合、年間六百六十件ほどの運航があって山梨の分までは手が回らない状況です。それぞれの事情もあり難しい状況ですが、引き続き協議を求めていきます。一方、本県独自にドクターヘリを導入する場合、給油場所の確保等の課題があります。どの程度の患者が想定されるのかも調査しなければなりません。
白壁 県民が安心して暮らす上で救急医療体制の確保は欠かせません。今、病院が困っているのは土日等の救急だと思います。軽度の患者が二次医療機関に回されてくる。そうなると、本来は入院治療を要する患者に対応する病院に過度の負担がかかってきます。本来の役割がうまく機能すれば、病院の負担はかなり軽減されるはずなのですが。
小沼 医師の不足などから、二次救急に輪番で対応する勤務医の負担が大きいため、ここ数年、輪番から脱退したり、当番回数を縮小する病院が出てきています。医療圏ごとに設置されている地域保健医療推進委員会でこの問題を論議していただいています。峡東地域では在宅の当番医が病院に出向いて軽症患者の救急医療を行い、病院の負担を軽くするという試みも始まろうとしています。
白壁 そういう試みは病院を助けることでもあり、地域医療にとっても非常に良いことだと思います。
小沼 消防の一元化が議論されていますが、一元化されると救急情報も一本化されることになります。また、本年の五月に消防法が改正され、今後県は、症状に応じて傷病者を受け入れる医療機関をリストアップすることにしております。これらのことが実現されれば、症状に応じて適切な医療機関に迅速に振り分けることが可能になってくると思います。振り分けによって機能がうまく分担できるようになれば、二次救急医療機関の負担も軽減されると思います。救急医療をより良くしていく方法として重要な課題だと考えています。
04 医師の確保と定着 山梨大医学部の地域枠が成果
白壁 地域医療の危機的な状況を再建していく上で、最優先の課題は医師確保です。さまざまな取り組みがなされてはいるものの、一朝一夕に片付く問題ではありません。それにしても産科、小児科医の不足は何とかならないものですか。
小沼 厚労省に、医師不足が深刻な診療科に医師を確保する仕組みをつくってくれるようお願いに行っても二言目には「それは職業選択の自由だ」と言われてしまいます。でも、それは違うのではないか。どの診療科目を選択するかについて、国なり大学などが誘導していくようなことをしなければ、勤務が過酷な産科や小児科のなり手などいません。そう訴えると「そこまで踏み込むことはできない」という答えが返ってきて、話は終わってしまいます。
白壁 でも、このまま手をこまねいていればどの病院も窮してしまいます。
小沼 県の取り組みや山梨大学の協力等により、今後着実に医師の総数は増えていくものと考えていますが、診療科目における医師の過不足の是正は今の制度の中では難しいだろうと思います。実効性のある対策を打ち出さなければ、どうにもなりません。
白壁 医師の定着を図るために山梨県は平成十九年度に医師修学資金貸与制度を創設したほか、産科医師後期研修奨励金制度も設けています。どのような状況ですか。
小沼 医師修学資金貸与者は現在までに三百十二人に上っています。また山梨大医学部も定員を増やし、県内で一定期間の診療を義務づける地域枠三十人を設けるなど積極的に取り組んでいます。二十年度の修学資金受給者卒業生三十人のうち二十四人は県内に残りました。歩留まりはいいです。また、後期研修で産科を選択した医師に対する奨励金は昨年度四人、今年度三人に交付しており、少しずつ成果が出てくるのではと思っています。このほかにも、勤務の厳しい産科や救急を担う医師の負担を軽減するために分娩手当や救急勤務医手当を支給する病院への助成、臨床研修医の確保対策、既に医師となった方々を山梨県に引っ張ってくる「ドクタープール制」も設けています。
白壁 地域医療を再建すべく病院のネットワーク化も進んでいます。
小沼 再編・ネットワーク化といっても、一気に統合などということではありません。山梨県はそれほど医療資源が豊かではないので、今の医療資源を守りつつ、足りない部分についてはネットワーク化するということです。今まで病院というのは規模の大小で機能を分担するという考え方でしたが、今度の医療計画制度の中では、がんや脳卒中などの四疾病、救急医療や災害時医療など五事業について機能分担していこうという考えに立っています。
白壁 具体的にはどういうことですか。
小沼 例えば脳卒中の急性期はA病院が受け持ち、回復期はリハビリのB専門病院、維持期になったら生活機能のためのリハビリができるようなC病院というように、機能を分担するわけです。そこに病院間をつなぐ「地域連携クリティカルパス」というものを作って進めていきます。
白壁 急いで片付けなければならないことから、長期的に取り組まなければならない問題まで実に多くの問題が山積しています。医療は衣食住と並ぶ重要なものです。安心できる地域医療体制の確立に向けて、政治の立場で汗を流していきたいと思います。ありがとうございました。
今の医療資源を
死守しながら
充実を目指す。——小沼
医師確保に
手をこまねいて
いてはだめだ。——白壁
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